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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

最初の血煙り

一

「取り返されては残念じゃからの――ではそれまで席を変えて、無頼漢どもに酌させて飲もうぞ」

その夜おそく一挺の駕籠が、その屋敷から舁ぎ出された。戸ヶ崎熊太郎と清三郎とが、駕籠の左右に附き添っていた。

最初の血煙り

一

それ以前から冬次郎の隠れ家の前に、内の様子を窺うかのように、佇んでいた武士があったが、駕籠が門から舁ぎ出されるや、素早く物蔭に身を隠した。

駕籠はしとしとと先へ進んだ。

立ち現われて見送ったが、

「ひょっとかするとあの駕籠に……そう、それに相違あるまい」

呟いて武士はなお見送った。

駕籠は辻を左へ曲がった。

ごみごみとした下谷の裏町、無数に露路や小路があって、それが縦横に織られている。

深夜なので家々はとざされ、燈火などはほとんど洩れず、月もなければ真の闇で、駕籠の先につけた提灯の火ばかりが、人魂のように揺れて見えた。

また駕籠は左へ曲がった。

とたんに覆面をした着流しの武士が、二人ほど行く手から来かかって、熊太郎と擦れ違ったが、素早く熊太郎の顔を覗いた。

「大変な奴が附いているな」

一人の武士が小声でいった。

「うん、戸ヶ崎熊太郎。……」

もう一人の武士が頷いて答え、当惑したように駕籠を見送った。