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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

三

そこでお吉は逃げることにした。

船は湖を渡って行く。

諦めてしまえばそこは水性、もうお吉の心の中には、九十郎のことなど残っていなかった。

三

(これからだっていい運は来るさ)

ナーニあんな世を狭めた男、廃者といつまでも一緒にいるより、別れて一人となった方が、どんなにいい運が来るかしれない。

そんなことを思っていた。

(当分団八を足にして、……)

こんなことも思っていた。

(団八、厭な野郎だが、云って見りゃア命の恩人、自由になってやらなけりゃアならないだろう)

その辺は心得ているのであった。

(とは云え綺麗な心から、妾を助けてくれたんじゃアない。妾の躰が欲しいものだから、そこで助けてくれたまでさ、友達の頼みを裏切って、恋女の命を助けたってものさ。頼みにならない野郎ったらないよ。そこは心に締めて置いて、いいかげんのところつきあって、頃を見計らっておさらばするがいい)

蒼褪めて見える鼻の高い顔を、随分寒い風に晒らし、鬢の毛をサラサラ靡かせながら、お吉は湖面を眺めていた。

団八はすっかりいい気持ちであった。

(今こそ私娼でおちぶれてはいるが、昔は吉原の花魁だ、腐っても鯛、上玉だ。