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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

(九十郎は逐電したのだろう)

これは知れたことであった。

(いよいよ重なる怨みの九十郎! おのれヤレ討たいで置こうか!)

とはいえどこへ逐電したか?

それは全く不明であった。

どこから探してよかろうか? それとて見当はつかなかった。

お玉のお吉の心持ちは、今はひとむきに範之丞にあった。

溺死に近い若侍の、美貌に心を引かされて、女だてらに団八を殺し、この若侍を助けたのであったが、介抱しいしい日を過ごすうち、この若侍の生一本な、そしてどこか女性的な、それで純情で清々しい気質に、ほとんど狂気じみた恋慕の情を、寄せざるを得なくなってしまった。

(どうあろうとこのお方の心も体も、妾のものにしなけりゃア!)

女郎から妾、それから私娼、心も体も廃頽しきった女。――そういう女の一念は、処女などの思いとは違いあくどくて凄まじい。

そういう一念の凝った介抱に、伊織の範之丞は回復した。

「田舎を巡っておりましても、芽の出ることではござりませぬ。江戸へ参ろうではござりませぬか」

こうお玉のお吉はいった。

「江戸へ参るでござりましょう」

そう伊織の範之丞は応じた。

旅用の金は湖水へ落としてしまった。