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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

風流のお話し致しましょう。ただし……」

といって来た貝十郎は、眼ににわかに光を持たせ、

「悪戯が余り過ぎますれば、懐中から十手出ましょうよ」

「まず坐れ」

「…………」

問答の間に女勘助が、こっそり敷いて行った座布団の上へ、袖口の細い無垢の小袖に、黒竹打ちの紐をつけた羽織、新形の小紋の中着の下に、白糸まじりの黒八丈の下着、大通の姿をフワリと乗せた。これがどうして安永、天明に渡り、牧野大隅守や曲淵甲斐守、名代の町奉行に歴仕して、悪漢からは鬼神のごとくに、市民からは菩薩のごとくに、恐れられ敬われた名与力、鬼十二神と思われようか。

相手の腹を探り合うかのように、二人はしばらく黙っていた。

庭からは夜風に木の葉の片寄る、サラサラという音が聞こえ、部屋の中には脇床に置かれた、藤四郎作らしい田家の形の、小形の香炉から香の煙りが、一筋立って揺れていた。

「貝十郎、用件は何んじゃ?」

ややあって冬次郎は穏かに訊いた。

「すでに済みましてござります」

貝十郎も穏かに答えた。

「用件が済んだ? いつの間にな?」

「ご門外にて済みました」

「…………」

「戸ヶ崎氏が警護して、駕籠一挺行くのを見かけ、用件済んだと存じました」