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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
もいちど、耳をよく欹てて聞き直したいように紫ばんだ唇がわななきかけたが、にわかに、ものもいえない面持ちなのである。
「……む、武蔵だって」
馬の背から城太郎はこう口走った。鬣にしがみついたまま、ぶるぶる手も脚もふるわしていた。
先を急ぐことに焦心りきっている梅軒の眼には、凡ではあり得なそうな二人の刹那の驚きも眼にはとまらないらしく、
「さ、小僧っ。――降りろ、降りろ。ぐずぐずしていると、ひっぱたくぞ」
手綱の端を鞭にして脅すと、城太郎は、つよく首を横に振って、
「嫌だっ!」
「イヤだと」
「おれの馬だ、この馬で、先へ行った人へ追いつこうたってそうはゆかない」
「女子供と思って理由をわけていうのに、童め、つけ上がって何をいうか」
「なあ、お通さん」
と、梅軒の頭越しに、
「この馬は、渡せないね、この馬を渡しちゃいけないね」
お通は、城太郎のそのことばを、健気と賞めてやりたかった。もとより、この馬はおろか、この人間をも、先へやってはならないと思って、
「そうです、そちらもお急ぎか知りませんが、私たちも先を急ぐ体です。もう少し経てば、峠がよいの馬も駕籠もいくらもありましょう。