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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

「ここまで来れば、もう安心なものだ。夜は早目に泊って、気をつけて行くがいい」

と、いった。

かさねて、礼をのべて、別れようとすると、

「お通さん、別れるのだぜ」

三之丞は、意味ありげに、改めて彼女をじっと見た。そして、やや怨み顔に、

「ここまで来る間に、今に訊いてくれるか、今に訊いてくれるかと思っていたが、とうとう、訊いてくれないな」

「なにをですか」

「おれの姓名を」

「でも、柑子坂で聞いておりましたもの」

「おぼえているか」

「渡辺半蔵様の甥、柘植三之丞さま」

「ありがたい。恩着せがましくいうのじゃないが、いつまでも、覚えていてくれるだろうな」

「ええ、ご恩は」

「そんなことじゃない、おれがまだ独り者だということをさ。……伯父の半蔵がやかまし屋でなければ、邸へ連れて行きたいところだが……まあいい、小さな旅籠がある、そこの主人も、おれのことはよく知っているから、おれの名を告げて泊るといい。……じゃあ、おさらば」

十三

先の好意はわかるし、親切な人とも思いながら、その親切に少しも欣べないばかりか、親切を示されれば示されるほど、かえって厭わしくなる人間というものはよくある。