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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

針

一

「おのれっ」

と、焦心りたがる気持と、がくがくわななく体力とが、とたんに一致を欠いてしまって、思わず堤の小松の蔭へ、ぺたっと坐ってしまったのである。

「欣しや、やっと巡り会うたぞやい。これも、つい先のころ、住吉の浦で不慮の死を遂げなされた権叔父の霊のひきあわせでがなあろう」

婆は、その権叔父の骨の一片と髪の毛とを、今も、腰に結いつけてある旅包みの中へ納め、常に肌身につけて歩きながら、

(権叔父よ、たといおぬしは死のうとも、わし一人とは思わぬぞよ、武蔵とお通を成敗せぬうちは、故郷の土は誓って踏まぬと、ともども、旅へ出た二人じゃほどにの。――おぬしは死んでも、おぬしの魂魄はこの婆の肩から離れはなさるまい。婆もまた、いつもおぬしと二人連れで歩いているものと思うて、きっと、武蔵を討たいでは措かぬから、見ていなされや、草葉の蔭から――)

婆は、朝念暮念、そのことばをいい暮して――といってもまだ――権叔父が骨になってから七日ほどにしかならないが、その一心を自分も骨になるまでは、失うことではないと胆に抉ぐって、さて、この数日というものを、まるで鬼子母神のような血相になり、遂に、武蔵のすがたを突き止めて来たのであった。