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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

三

いるほど、そのつよい低声が、武蔵の耳以上へ滲み徹っているか否かはわからなかった。

なぜならば、よく頷いてはいるくせに、彼の眸は、あらぬ方へ行っているからである。愛しあっている者同士が、ことばを奏であいながら眼を反らしているといったような――ああいう情景とはまるで違ったもので、ひと口にいえば、彼の今持っている眸は、無色無熱の火であった。そこから一角の焦点へ向って、かちっと烙きついたまま、眼じろぎもしないのである。

朱実には今、そういう相手の眼を怪しむ認識すら持てない。自分だけの感情の中で、独り問い答えながら突きつめては唇へ咽び出すのだった。

「……ああ、私はもう、これであなたにみんないうことをいってしまった。秘していることはなにもない」

と欄干へのせている胸を少しずつ寄せて来て、

「――関ヶ原の戦から、もう五年目になるでしょう。その五年のあいだに、私という者は、今すっかり話したように、境遇も、体も変ってしまったんです」

……よよと、啜り泣いて、

「けれど――いいえ――私はちっとも変っていない。あなたを思っているこの気持は、みじんも変って来てはおりません。