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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

六

六

お通は、疑いぶかく、容易に近づいて来なかったが、城太郎が、頻りといったのであろう、やがて怖々お杉隠居のほうへ歩いて来た。

心のうちで、隠居は、

(もうこっちのもの)

と、思ったことであろう。長い前歯を唇にほころばせて、にたりと笑った。

「お通」

「……おばば様」

お通は、河原へかがみ込んで、老婆の足もとへ指をついた。

「ゆるして下さい……ゆるして下さい……もう今となっては、なにも、いい訳はいたしませぬ」

「なんのいのう」

お杉隠居のことばは、むかしのように優しく聞えた。

「元々、又八めが悪いのじゃ。いつまでもそなたの心変りを恨んでいようぞ。このばばも、一時は、憎い嫁とも思うたが、もう、心では水にながしている」

「では、かんにんして下さいますか。わたしのわがままを」

「……じゃが」

隠居は、ことばを濁して、彼女とともに、河原へしゃがみ込んだ。お通は、川砂を指でほじくっていた。冷たい砂の表面を掻き掘ると、その穴から、浸々と、温い春の水が湧いて出た。

「そのことは、母のわしから答えてもよいがの。ともあれ、又八という者と、いったんは許嫁であったそなた、いちど、伜に会うておくれぬか。