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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
駕籠を襲う者
一
駕籠を襲う者
一
天明五年十一月、三日の夜の深更であった。宵の間にかくれた月の後、空には星ばかりが繁くまばたき、冬の寒さをいや増しに思わせ、遠くで吠え立てる家護りの犬の、声さえ顫えて聞こえなされた。
大江戸の町々は寝静まり、掛け行燈には火影さえなく、夜を警しめる番太郎の、拍子木の音ばかりが寂寥の度を、で、さらに加えていた。
まして隅田の堤あたりは、動くものといえば風に吹かれる、葉の散りつくした桜の木々の、細い梢か枝ばかりで、
春雨や鼠の嘗める隅田川
その野鼠さえ蠢いてはいず、まして人影など見られなかった。
と、厩橋の方角から、その寂しい隅田堤の方へ、一挺の駕籠を取り巻いて、数人のものが歩いて来た。
二人の武士が駕籠の前に、二人の武士が駕籠の背後に、一人の武士が駕籠の脇、引き手の側に引き添って、しとしとと歩いて来るのであった。
枕橋の渡しの辺を、一町あまり歩いて来た時、それまで堤の耕地へ向いた斜面へ、身を伏せて隠れていたのでもあろう、黒の衣裳に黒の羽織、袴なしの着流し姿、黒頭巾で深く顔を包んだ、お誂え通りの一人の武士が、しかし身体に得もいわれない、品と威との備わった武士が、おもむろに現われ斜面を上り、懐手をしたまま無造作に、