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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

三

に似た淫らの声々が、どこで奏しているのであろうか、異国めいた楽器の音色とともに、化物の国の夜遊じみた、調和をなして聞こえた。

将軍家治は仮面だけ外し、装束は解かず疲労したように、黒檀で出来ている寝台の上に、体を横たえ唸っていた。

三

家治は年四十九歳、中年ともいうべき年頃だのに、不摂生と放縦との生活が祟り、年よりずっと老けて見え、ほとんど老人のそれのようであった。鬢などには白毛が多く、眼の縁などにも小皺が多かった。

「田沼、わしはもう帰る。……わしは疲労れている。面白くもない。田沼、わしはもう帰る」

酔ってもいたが、そうでなくても、だだっ子のような口を利くのが、この人の日頃の癖であった。

「が、それともお浦をよこすか。……お浦をよこすならわしはいる。……宿まってもいい、お浦をよこせ」

どういうものか家治にとって、お浦は忘れ難い女なのであった。あらゆる高級の、あらゆる上流の、そういう女には飽きている彼、だから一種の悪食趣味として、また、いかもの食いとして、ああいう女に捉われたと、そういうことも云えるのではあったが、しかし一方お浦という女が、いかにも初心で純情で、彼が将軍家であるがゆえに、犠牲の心で仕えたという、そういう二義的の心からでなく、彼を本当に好いていて仕えた。