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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

足に搦みつきやるまいと締める、そのお吉をドッと蹴り、

「わッ」

と悲鳴、なお追う奴を、提げた刀の鐺で脾腹を……

「キャッ」

「態あ……」

土間へ下りた。

「痛! ……痛々! ……ま、待って!」

脇腹を抑えてズルズルと、土間まで下りたお吉の眼の前へ、開けられた格子戸がピシャリと閉まり、小走って行く雪駄の音! ――

九十郎は行ってしまった。

お金もお由も裏口から、とうに帰ってしまったと見え、出て介抱をするものもなく、膏薬だらけの古畳、ところどころ肋骨を出している壁、高いところにたった一つだけ、明りとりの窓があって、そこから陽の光が射して来るばかりの、陰惨とした部屋の中には、お吉ばかりが呆然としていた。

(捨てられてしまった。一人になった)

夢のような気持ちがした。

(ナーニ)とお吉は不意に思った。(ああはいっても一時の短気、思い返して帰って来るよ)

長火鉢の前へベッタリと坐り、頤を寒そうに襟に埋め、急に乙女になったかのように、ションボリとして考え込んだ。

ふと三味線を取り上げたのは、気を紛らそうためだったろう。

鼠が二、三匹棒のようにつながり、膝の向こうを横切って走り、太紐のような鼬がその後から、背を波立たせて追って行った。