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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

動かなくなった。

と、細目にあいていた、道場の出入り口の戸があいて、九十郎がはいって来た。

まず死骸の側へ寄り、小柄を抜くとこめどころへ納め、それから織江へ眼をやった。

口の端へ不可解の微笑が浮かんだ。

燭台では蝋燭が燃え尽きようとし、火の穂がふくらんで呼吸づいた。

その火が消えて道場一杯に、闇が拡がったのと九十郎が、織江を小脇に引っ抱えて、忍びやかに道場から外へ出たのと、ほとんど同じ時刻であった。

塩尻の社家北条主計、この人の屋敷へ貝十郎一行が、滞在してから五日経った。

朝の陽が裏庭に射していて、真っ盛りの数株の梅の花が、強すぎるほど強い香を、縁に腰かけている貝十郎と、ままごと狂女のお浦とへ、惜し気もなく送っていた。

あたりには人気がなく、飼い鶯の啼く声が、藪鶯であろう高塀の向こうに、起伏している高原の方から、ひっきりなしに聞こえて来るのへ、合わせているのが聞こえて来た。

「お浦、わしを信じるがよい。信じてわしに渡すがよい」

いいいい貝十郎は自分の横へ、狂女などと思われないほど、つつましやかに腰かけているお浦の、胸もとの辺へ眼をやった。

「…………」