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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

しかるに……」

と織江は若い女としては、驚くばかりにハッキリした態度と、いうことだけはことごとくいう、無用の遠慮は決してしないと、そういってでもいるような、まことにすがすがしい口調とで――しかし様子はいかにも恭しく、細い白い抜けるような頸を、前にこごめて伏し眼をし、膝の上に寂然と両手を置き、熊太郎に向かって語り出した。

「しかるに今より半年ほど前に、田沼主殿頭様ご用人、三浦作左衛門と申す人より――父事日頃三浦殿と、往来いたしておりましたれば、九州浪人臼杵九十郎と申す、鐘巻流の剣客を、紹介いたし参りました。それゆえやむを得ずしばらくの間、屋敷に止宿いたさせましたところ、主家へ仕官させよとの懇望、しかるにわが父申しますには、そなたは無類の使い手にて、われなど到底およぶべくもなく、江戸に多人数名剣士ありとも、そなたにおよぶもの幾人もあるまい。なれどもそなたの業の中に、邪道の剣とでもいうべきか、相手の足をなぐ一手あり、これ我れの与せざるところ、彼の一手さえ封じたならば、主君へご推挙いたすであろうと、このように九十郎に申しましたところ、九十郎せせら笑い申しますには、足をなぐは我れの得意、得意の業を封じられては、虎の爪を失うごとし、貴殿にご推挙願うまじと、わが家を立ち去り行きましたが、間もなく田沼様に取り入りましたか