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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
「生きて甲斐なき浮世でござるよ」
足音の主もしみじみといった。
「浪人となり世をせばめ、向こうで追われこっちで嫌われ、仕官は出来ず食うにこと欠き、楽しみとてはほとんどなく……拙者も生きて甲斐なきもの。で、ご境遇にはご同情いたす。……さりとて拙者は死ぬ気にもならぬ。……雨露をしのいで生きてさえおれば、やがては麗かな日も見ようかと、頼みにならぬ未来を楽しみ、やはり拙者は生きております。……貴殿にも拙者と同じ気持ちに、おなりなされてはいかがかのう」
「昨日までは生きる気ござりました。のみならず自分と同等に、食うにこと欠く人々を鼓舞して、食わせようそうして自分も食おうと、百姓一揆の指揮などいたし……」
「百姓一揆の? 一揆の指揮を? ……佐久一円に百姓一揆、勃発いたしたと聞きましたが、さては貴殿がその一揆の指揮を?」
「昨日まではいたしました。……何やら熱を持ちまして、何やら希望を持ちまして。……技量に自信がありましたからで。業に誇りがありましたからで。……屈折されて自信を失い、誇りを奪われた只今では、熱も希望も消えました。……残ったは生ける死骸だけでござる。生ける死骸に人を率いる、何んの力などござりましょう」