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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
「金はない!」
と範之丞は怒鳴った。
怒りと屈辱とで範之丞は、身を顫わせ歯を噛んだ。
「誰何するさえ無礼であるに、駕籠から引き出すとは何事か! 応分の寄附といいながら、寄附せねば腕ずくで取ろうとする、理不尽狼藉の所業は何か! ……金はない、寄附はいたさぬ!」
「黙れ!」と一人の浪人が喚いた。
「金なくて駈け落ち道中が出来るか! 主人の金を拐帯し、遁がれて来おった汝らであろう、吐き出せ金を! みんな吐き出せ!」
「黙れ! 無礼者! 不届き千万! 駈け落ちなんぞと穢らわしい! ……拙者は桑名侯松平の……」
といって来て範之丞は、いってはいけないと気がついた。お玉に話してなかったからで。それに無頼の浪人や百姓に、素姓を語ったら災いが――また災いが起こるかもしれぬと、そう思ったからであった。
「金はない、寄附はいたさぬ!」
「斬れ!」
一人の浪人が叫んだ。
「農民の窮状に同情せず、寄附せぬなどとほざく奴、武士たるものの風上にも置けぬ! 一揆の血祭り、斬ってしまえ!」
二、三人がギラギラと引っこ抜いた。
「まあまあお待ちくださりませ!」
驚いて叫んで抜き身を恐れず、浪人の群を分けるようにして、飛び込んだのはお吉であった。