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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
二
その一軒の廃屋の、簀子が形ばかりに敷いてある部屋に、範之丞とお吉とは坐っていた。
二
「お玉殿今日はお止めなされ。……私、心配でなりませぬ。……もしものことがありましたら……」
そう伊織の範之丞はいって、蒼ざめ痩せた頬のあたりへ、髷の乱れを幾筋かかけ、力のない眼に不安と哀憐と、恐怖との色を漂わせ、お玉のお吉を見詰めながらいった。
破三味線を膝の横へ置いて、所在なげに絃を指で撫すり、幽かな音色をたてながら、お吉はじっと俯向いていたが、
「参って門に立ちませねば……明日の糧さえ、いいえ今日の……今日の糧さえござりませぬ。……あなた様を一人留守にして、物騒な小諸の城下などへ、参りたくはないのでござりますが……背に腹はかえられず……」
そういってチラリと範之丞を見、その眼を反らすと戸外を見た。
破れ雨戸でビッシリ鎧われ、屋内は黄昏のように暗かったが、一枚だけが開いていて、明るい春の正午の陽があふれるようにみなぎっている、庭の景色が眺められた。
枯れ草が人の身長よりも高く、自然に生えて延びている。その向こうの小丘の脈が、土坡のように巡っている。それを越えた遙かのあなたの、うらうらと晴れた空を染めて、砂塵が高くあがっているのは、東長沢村、西長沢村、小沼村などを荒らし廻り、小諸城下へ押し寄せて行く、一揆の百姓や浪人などが