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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
十二
と、お浦は手を延ばした。
手に触れたは茶碗であった。
道で拾って来た欠け茶碗であった。
それを上様の前へ置き、これも道で拾ったらしい、欠け徳利を取り上げた。
「お浦がお酌いたします。一つおすごしなさりませ」
十二
注いだが何んにも出て来なかった。
酒も水も出て来なかった。
「妾お相伴いたします」
で、お浦は茶碗を引き寄せ、自分の膝の前へ置き、それへ徳利の酒を注いだ。
でも何んにも出て来なかった。
空っぽの茶碗を唇へあて、さも美味しそうに一吸いしたが、
「上様お重ねなさりませ」
いってまたもや欠け茶碗を、上様の方へ押しやった。
黄昏のような薄明の中に、木乃伊の上様は白く細く、破れ襖を背にして坐っているばかりで、微動さえもしなかった。
梁がムキ出した古びた天井、その上の屋根が破れているので、そこから外光が射し下がっている。
裏に向いた雨戸が開いていて、枯れ芒、枯れ萩に蔽われた崖が、破れ腐ちた縁のすぐの向こうに、壁かのように立っていたが、その崖を背にし縁の上に、先刻の三匹の親子狐が、鼻面を並べ蹲居して、この屋内を覗いていた。
「これをお前から越中へ、――定信の手へ渡してくれ。