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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

九十郎は織江を眺めた。

乱れた若衆髷、着崩れた男装、それが美貌と映り栄えて、歌舞伎の色若衆さながらの、艶冶たる姿態を形成っている。それが縛られているのであった。柱にくくりつけられているのであった。

(とるべき手段は一つしかないさ。長い間の慾望を、ここで一気にとげてしまい、不愍ではあるが息の根止め、一切後患のないようにするさ)

兄範之丞は諏訪高島で、湖水にきり込み殺してしまった。で、この妹の織江をさえ討ったら、もう将来自分を敵として狙う、何者もないことになる。どんなにノウノウすることか。どうせこれからは世が乱れる。百姓一揆など随所にあろう。町方へ行けば米騒動や、ぶちこわしの騒ぎもある。そういうものへ加担して、正義顔して働くように見せ、一人二人でも叩っ斬れば、どうにかそれだけで食って行ける。乱脈なこんなご時世だから、考えようによっては住みよいともいえる。禁物は遠慮と引っ込み思案さ。スパスパ本能をとげるんだなア。……

悪の性根がいよいよますます、彼に太々しく甦って来た。

「織江殿」

といいながら、九十郎は両手を顎の下へかい、蛇が鎌首をもたげるように、顔をもたげて薄ら笑いをした。