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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
せ、この日も朝から二人の同心を、市中見廻りに出してやったが、自分も夕景から出て来たのであった。
(昨夜は南伝馬町で十五、六軒、一昨夜は鎌倉河岸で七、八軒、米屋がやられたということだが、今夜あたりはもっと大がかりの、うちこわしが起こるものと見なければならない)そんなことが思われた。
掛け行燈に灯のともるころ、北八丁堀へ差しかかった。
桑名侯松平越中守様の、お長屋がいかめしく並んでいた。武家屋敷町は夜に入っては寂しく、ほとんど通る人影もなかった。
と、寂しい夜気を顫わせ、三味線の音が聞こえて来た。
(河東節)だと貝十郎は思った。
(水調子の玉菊だ)
※(歌記号、1-3-28)本来空の明には、実にともすべき提灯も……
この辺を弾いているのであった。
すぐの行手に辻があった。そこまで行って左の方を見た。と一人の門附け風の女が、一軒のお長屋の窓の下に立って、その三味線を弾いていた。
(おかしいなあ)と貝十郎は思った。(河東節の門附けなんて、およそ世間にあるものではない。しかも施こしなどしそうもない、武家屋敷の窓下などに立って、弾いているとはいよいよ変だ)
しばらく佇んで眺めやった。