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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

(はてな、あの女には見覚えがある。……臼杵九十郎の妾のお吉だ)

こう思ったとたん佐久の車塚で、そのお吉をはじめとし、九十郎や服部範之丞や、その妹の織江などの姿を、見かけたことを思い出した。

(混乱にまぎれ遮られ、一人のこらず見遁がしてしまったが、その後お吉め江戸へ入り、あんなものに零落したものと見える)

つづいて忽然と思い出されたのは、九十郎のためにままごと狂女のお浦を、奪い去られたことであった。

(しめた、お吉は九十郎の妾、あいつの後を尾行けて行ったなら、九十郎の在所知れるかもしれぬ。……つきとめてお浦を取り返してやろう)

門附けの女は歩き出した。

その後をつけて貝十郎も歩いた。

女はやはりお吉であった。

恋しい範之丞の屋敷の前で、いつものように一節弾き、それをせめてもの慰みとして、しおしおと歩いて行くのであった。

二

かりにも自分の昔の旦那、九十郎を親の敵と狙う、範之丞とたとえ知らなかったとはいえ、ちぎりを交わしたということは、お吉にとっては苦痛であった。ほとんど純情の娘心、それに返っている彼女だけに、一方九十郎に対しても、他方範之丞に対しても、申し訳なく思われるのであった。