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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

お吉が窓下から立ち去った頃、その屋敷の窓に近い座敷の、燭台の下に坐りながら、範之丞と織江とが向かい合っていた。

「お兄イ様」と織江はいった。「潔癖も程々になさりませ。情の強さも程々に。……お吉様のお心持ち、もう汲んでおやりなされませ」

――で、兄を咎めるように見詰めた。

「うむ」と範之丞は呻くようにいったが、そういったばかりで黙っていた。

でも範之丞の顔色は蒼く、唇は痙攣を起こしてい、眼には苦悶の色があった。

「かりにも父上の敵たる、九十郎の妾たるお吉なんどの……」

こうややあって範之丞はいった。

「ちぎったは誤り、知らなかったからじゃ、事情を知った今となっては……」

「聞き飽きましてござります。……だからこそ潔癖と申しますので。……何も手ずからお吉様が、お父様をお討ち果たしなされたのではなし……あの世でお父様がお聞きなされても、お叱りはなさりますまい」

「お父様のことはともかくとして、お前を下谷の妾宅で、気絶させて二階へ閉じこめたも……」

「いえいえそれとてお吉様が、九十郎の妾であってみれば、九十郎の敵の私に対し、ああいう手段をとるこそ真実、私は何んとも思っていませぬ」