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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

わしを陥穽したが、冬次郎めも一味だな! ……柳営と民間と呼応して、今日の計画にしおったのだな!」

「殿」と貝十郎はいぶかしそうにいった。

「本日何事かござりましたので?」

「…………」

意次は答えようとはしなかった。が、その顔には例えようのない、怒りと苦痛とが現われていた。

逃げ水屋敷の阿蘭陀風の部屋と、ほとんどそっくりの部屋であった。

毛皮をかけた長椅子があり、それに意次は倚っていた。白堊の天井からは錨型の、シャンデリアが無数の蝋燭を持ち、それへ悉く燈をともし、卓の上にあるウェールガラス(天候験器)や、ドンクルカームル(写真鏡)やトーフルランターソン(現妖鏡)など、舶来の珍器や壁にかけてある異国風景の油絵などを、華やかに輝かせて釣り下がっていた。

「旅へ出たことが失敗だったのだ!」突然意次はいまいましそうにいった。「なまじ小諸の牧野の城で百姓ばらの一揆を見、惻隠の心を起こしたのが、今日の失脚の原因だったのだ!」

「殿、失脚と仰せられまするは?」もしやと思って貝十郎は訊いた。

意次はそれには答えずにいった。

「この江戸の地へ帰って来ても、その惻隠の心持ちが、弱気となってわしを支配し、最初の計画を掣肘し――自分自身掣肘し、ああでもあるまいこうでもあるまいかと、躊躇逡巡右顧左眄、仏心を出している間に、彼奴らいわば長袖者