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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

十二

「九十郎だッ」

とそれを見ると、思わず範之丞は声をあげた。

躍り出た壮漢は九十郎であった。

十二

「妹よ掛かれーッ」

と声をかけ、範之丞は斬り込んだ。

「お父様の敵イーッ」

とつづいて織江も、懐刀抜いて飛びかかった。

飛びちがった九十郎、刀を上段にふり冠ったまま、

「おお服部兄妹か、これで四度目、また逢ったなあ。……敵呼ばわりしゃらくさいわい! ……汝範之丞乱倫卑怯、俺の妾お吉を取りおったな! ……こうなりゃアこっちが女敵討ち、恨みは五分五分勝負は対等、ひけめはねえ、討たれるものかあーッ、……ましてや功あって田沼様に、帰参ととのった九十郎、つよオい楯がうしろにある! ご老中様が後ろ楯だアー、討たれるどころか返り討ちだアーッ! ハッ、ハッ、ハッ、返り討ちだアーッ!」

左を睨み右を睨み、グッグッと兄妹を圧迫し出した。

湧き立つのは群衆で、

「敵討ちだとよ」

「さあ事だ」

「静まれ静まれ」

「見ていろ見ていろ」

遠巻きにして見物し出した。

今は必死の服部兄妹、逃げ水屋敷では討ちもらし、諏訪湖畔では逆にやられ、車塚では逃げ失せられ、討つべき機会を三度ながら、取り逃がした上に千辛万苦、もしまたここで取り逃がしたならば、田沼様に帰参した彼だという、いよいよ討ちがたい敵となろう。