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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

その翌日のことである。

神道無念流の大剣豪、戸ヶ崎熊太郎が内門弟の一人、平松清三郎を供に連れて、下谷の往来を歩いていた。

牛込神楽坂に道場を持ち、一生を通じて取り立てた門弟、二千人におよぶと伝えられている、この戸ヶ崎熊太郎は、その前後に輩出した剣豪、浅利又七郎や秋山要助や、小野次郎左衛門などという人々と何ら遜色なしといわれた、この時代の代表的剣客で、性恬淡磊落であり、仕官を嫌って生涯仕えず、市井遊侠の徒と多く交わり、無拘束をもって終始したという。

この日は晴れた好天気で、小春のように暖かかったので、両国へでも出かけて行き、本来無邪気な人だったので、盛り場にかかっている見世物でも見ようと、それで出かけて来たのであった。

時刻は白昼で人通りも繁く、暖簾にも長閑に陽があたっていた。

「大変なことがあったそうだな」

不意に思い出したというように、熊太郎はそう清三郎へいった。

「は、何んでございますか?」

藪から棒に大変といわれ、清三郎は驚いて訊き返した。

「世間で取り沙汰しているではないか」

「はて、何んでございますか?」

「昨夜隅田で田沼殿への駕籠が……」

「あああのことでございますか」