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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

感心さえもされるのであった。

ふっとお吉と比べて見た。

(比べものになんかなるものか!)

「田沼殿はお偉い方じゃ。それはもうもういう必要はない」

九十郎はいい出した。

「国を左右しておられるのだからの。……が、しかし老人でござる。……老人というもの厭らしいもので。……それに反してこの拙者、ご覧の通りまだ若い。……もっとも偉くはござらぬが。……偉いを取るか若いを取るか? ……こいつ全く考えものでござるて。……拙者が女なら若い方を取ります。……そこでそなたにおかれても……」

いって来て九十郎は馬鹿だな! と思った。

(俺はこの女の親の敵だ! なま優しい口説などしたところで、何んのこの女が聞くものか!)

で、黙ってまたジロリジロリと、織江の躯を見上げ見下ろした。

織江は一言も返辞せず、肩を縮め身を堅くし、無念に据えた鋭い眼で、刺すように九十郎を睨んでばかりいた。

彼女の心は決していた。

九十郎の手が身体に触れたら、その瞬間に舌噛み切って死のうと。

争って勝てる相手ではなく、身を穢されて生きていられる、相手でないことはいうまでもなく、そういう相手に迫られた場合、とるべき手段はただ一つ、穢されない前に死ぬことであった。