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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

だが、精神だけは恐ろしく張りつめているらしい。そのうちに彼は、はッと首を擡げた。鋭い眼で、虚空をにらんだ。

虚空には、神苑の杉の巨木が、ごうっと絶え間なく暗い風に鳴っていた。――が今、武蔵の耳をいたく刺戟したのは、その風の間に流れて来た――笙と篳篥と笛とを合奏せた古楽の調べであった。

さらになお、耳をすますと、その奏でのうちに、やさしい童女たちの唱歌が聞き取れる。

シダラ ウテト

テテガノタマエバ

ウチハンベリ

ナラビハンベリ

アコメノソデ

ヤレテハンベリ

オビニヤセン

タスキニヤセン

イザセンイザセン

――くそっ! とまたしても武蔵は唇を噛んで、無理に立ちあがった。自分の体が、膠のようにままにならないらしい。風宮の土塀へ、両手をかけ、手で蟹のように横へ歩いてゆく。

彼方の燈の洩れる蔀から、天界の音楽は聞えるのだった。そこは、子等之館といって、大神宮に仕える可憐な清女たちが住む家だった。おおかた、天平の昔のように笙や篳篥の楽器をならべて、その清女たちが、神楽の稽古をしているのであろう。

虫が歩むように、武蔵が近づいて行ったのは、その子等之館の裏口らしかった。