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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

中を覗いてみたが、誰もいないのである。――で彼は、かえってそれを気易く思ったように、帯の大小を取り外して、背の武者修行風呂敷とともに一つに絡げ、塀の内の蓑掛けの釘へ、預けるようにかけておいた。

丸腰の空身になると、武蔵は両の手を、腰の骨に当てて、すぐ跛行をひいてどこかへ立ち去った。

ほど経てからである。

そこから五、六町ほど離れている五十鈴川の岩のほとりに、一人の裸形の男が、氷を割って、ざぶざぶと水を浴びていた。

倖いに神官が気づかないからよいようなものの、もし見咎められたら、

(気狂いっ)

と、叱り飛ばすに違いない。

それほどに、裸の男の水浴びは、傍から見ると気狂いじみて見えた。太平記という書によれば、その昔、この伊勢地方には、仁木義長という弓矢の大馬鹿者がいて、神領三郡に打ち入って、ここを占領し、五十鈴川の魚を漁って食らったりし、神路山へ鷹を放って小鳥の肉を炙ったりして、大いに武威を謳っているうちに気が変になったという男の話があるが――今夜の裸男に、その悪霊が憑り移ったのではあるまいか。

やがて彼は水禽のように、岩の上にあがって体を拭き着物を着こんだ。