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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

「暗かろ、又八さん」

「なに、べつに」

「今すぐ灯りをつけるで」

「それには及ばないよ、出かけるから」

「行水は」

「いらん」

「体でも拭いて行ったら」

「いらん」

急いで裏口から飛び出して行った。といっても、垣も戸もない草原つづきである。彼が長屋から出て来ると入れちがいに、数名の人影が、萱の彼方を通って、駄菓子屋の裏表へ入ってゆくのが見えた。工事場の侍が交じっていた。又八は、

「あぶない所だった」

と呟いた。

顎の半分ない武者修行の死体から、包みや印籠を取った者のあることは、その後ですぐ発見された筈である。当然、その側にいた自分に盗人の嫌疑がかかったに相違ない。

「だが……俺は盗みをしたのじゃない。死んだ武者修行の頼みにやむなく持物を預かって来たのだ」

又八は疚しくなかった。その品は懐中に持っている。これは預かった物だと意識しながら持っている。

「もう石曳きに行かれない」

彼は、明日からの放浪に、なんのあてもなかった。しかし、こういう転機でもなければ、何年でも石を曳いているかも知れないと思うと、かえって先が明るく考えられる。

萱の葉が肩までかかる。夕露がいっぱいだ。