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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

しかるに『世譜』以下の後代の史書は、これを承継せずにはおられなかったのみならず、是がひとたび外に伝わるや、本邦の学者たちまずそれに共鳴し、ついで清朝の冊封使ら、争うてこれを認め且つ伝えた故に、羽翼すでに成り、ついに動かすべからざる定説となってしまったのである。有名な徐葆光の『中山伝信録』が、ちょうど世に公けにせられた頃に、琉球では雍正九年(一七三一)の朝議というものがあって、是が大きな問題となり、その文書は今も伝わっている。もしこの伝説のごとしとするならば、何故に王家の国廟には舜天王の神位を中尊とし、それに先だつ二十五世の天孫氏を祀らぬのか、というのが論点であって、少なからず当路を悩ませたらしいが、結局前年の江戸幕府の問合せに対して、源為朝の子という舜天王が最初の王と答えてあるから、改めるわけには行くまいというような情実論をもって、決定を次代へ送りこみ、一方天孫氏の称号はそれからも引き続き盛んに用いられていた。今となっては是も信仰の推移を跡づけるために、むしろ幸いな史料であったということが言える。

アマミキュ・シネリキュが男女二人の名であり、この国いまだ人住まざりし時に、初めて天より降って三子を生んだということは、袋中の『神道記』