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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
がすでにこれを説き、それは『世鑑』よりは五十年ほども先だっている。「おもろ」の有名な「昔はじまりや」の一篇は、少なくとも是よりも早いことは確かだが、そのかわりには意味が是だけでは十分に汲み取れない。ただ僅かに後にできた若干の散文記事によって、多分は同じ事を言おうとしているのだろうと推測するばかりで、すなわち解釈が後に斯くきまったというに過ぎぬのである。「おもろ」がいわゆる叙事詩でないことは認めなければならぬ。聴く人も歌い上げる人々も、ともに熟知している事柄について、深い感激と讃歎とを表現しようとした言葉の端々から、自然に底に意識せられていたものを窺おうとすれば、何らの特別の目途を抱かない場合でも、世情が改まってくれば解釈は片より、時としては真相に遠くなることも有りうる。古典の註釈を業とする者の、是は一つの陥し穴であるが、我々だけは用心しまたそれを防ぐ策を講じなければならぬ。
もとは詩歌のように力を入れる言葉は、しばしば対句を使うことが、東方文芸の一つの特色であったが、その中でも「おもろ」は最も顕著である。何か大事だと思うことは必ず二度ずつ、やや言いかたをかえてくり返さぬと気がすまなかったようで、たとえば日輪のごときただ一つしか無いものでも、これをたたえるには是非二つの名を並べた。