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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
そういう中でも言葉は感覚と最も近いものであるためか、技芸と同じように次々と発達し、また環境と歩調を合わせている。第二には中古に国を連ねて併存する諸民族の知能に著しい等差があって、しかも優者の影響を防ぐ途がなかったことである。是がもし陸地つづきの、または海沿いの隣国であったならば、徐々たる不断の侵略を免れることがむつかしかったのだが、幸か不幸か洋海の潮と風とに支えられて、やや纏まった計画を立てなければ国の境の出入をすることができず、したがってまず政治力の中心であった近畿の地が、もっぱらその文化遠征の目標となって、爰を根拠とする人々の智術のみがまず進み、影響は徐々にしか地方には普及しなかった。そういう中でも文章はその特技をもつ人々の手に委託せられ、公私の記録は漢文をもって訳出するを本意とし、たまたま現実の国語を写し伝えようとした場合にも、その表記は主として漢字に拠り、その音韻の判別は驚くべく精確であったとさえ言われている。こういう国柄は沿海のいわゆる百越地帯などを捜しまわったら、稀にも類似の例を見出し得られるものであろうかどうか。比較をして見るくらいならば、まずこの方面に着目すべきではなかったろうか。