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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

単語の今ある形などは、偶然の一致でないことを、立証するのにすでに骨が折れる。ましてや語音には一千年間の移行が著しく、どれを古い姿と見定めることができぬ場合がなお多いうえに、語法の領域においてすらも、別に久しい中間期の忌避と閑却とのあったことが推定し得られる。それと後にやや日本化し得た我々の仮名文字を、初期には女文字と呼んでいたことと、女流が日本文学の先進者であったこととは、明らかな関係がある。彼女らの境遇は極度に限定せられ、その趣味感覚は何よりも鋭敏であった。和歌とか消息文とか日記という類の推敲の文学が、当時以前の日本人の言語を、代表するものでなかったことは勿論である。連歌師でもない人たちまでが是を基底にして、辞書を作り国語史を説き、ないしは諸種族の親近性を考え出そうとしたことは、少し早過ぎたというような非難を受けても仕方がない。

ただし自分などは、まだそれを論ずるほどの経歴がない。ただここで一つだけ説き立てずにおられぬことは、MN二つの子音の間隔が、以前は今よりもずっと近く、しばしば通用せられていたらしいことで、是は虹の地方語変化についてすでに証明せられ、古くは『徒然草』