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つたかずらきそのかけはし

蔦葛木曽棧

国枝 史郎

「講談雑誌」博文館、1922(大正11)年9月~1926(大正15)年5月<br>よき夫婦、復讐とげられる、右京次郎団、兄妹邂逅大団円「現代大衆文学全集 第六巻 国枝史郎集」平凡社、1930(昭和5)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 335,908 字 · 669 页

青空文庫

鳰鳥は四辺を見廻わした。

秋の深夜はいつか曇って、寞々とした雲棚引き、東の涯にただ一つ糠星が瞬いているばかり、四方を囲繞く峨々たる山は、闇を凌いで黒く聳え嵐に吹かれて唸りをあげ、山裾を流れる大河の水は岩に遮かれて叫んでいる。

鳰鳥はその時遥か下の分けても嶮しい岩の上で――巴ヶ淵の岩の上で二人の武士が刀の柄へ物々しく右手を掛けながら云い争うているのを見た。一人は花村甚五衛門、もう一人は「傷のお方」であった。

しかし二人の姿さえ瞬くうちに消え去って、彼女は一人雲に乗り、木曽川の上を飄々と黒蝶のように飛んで行く。

忽ち彼女は背後の方で風の唸るのを耳にした。と思う間に嵐を孕んだ一座の黒雲に身を乗せた一人の気高い若者が、彼女の後ろを追って来たが、摺れ違う時振り返り、幽かに笑うて過ぎ去った。紫匂う振り袖にあけぼの染めの袴を穿き、若衆髷さえ艶々しい。それは「紫の君」であった。

こうして彼女は木曽義明の館まで、怪しい雲に送られて夢現ともなく来たのであった。

「鳰鳥何を考えておるぞ。そち一人鬱いでいるために、酒宴の座敷が陰気になった。まずまず酒でも呑むがよい。さあこの大盃をつかわすほどに、そちの手並みで呑み干して見やれ」