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つたかずらきそのかけはし

蔦葛木曽棧

国枝 史郎

「講談雑誌」博文館、1922(大正11)年9月~1926(大正15)年5月<br>よき夫婦、復讐とげられる、右京次郎団、兄妹邂逅大団円「現代大衆文学全集 第六巻 国枝史郎集」平凡社、1930(昭和5)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 335,908 字 · 669 页

青空文庫

織田信長が九分通り、天下を平定して右大臣となるや、西班牙の渡来僧オルガンチノ、及びフロエー、及びコエルネ、それらの人々の説を入れ、吉利支丹宗門に帰依をして、京都四条坊門に、四町四方の地をもて、菅谷九右衛門に奉行をさせ、北山から大石を引き出させ、七堂伽藍を建立し、近畿地方二万の信徒より、寄附金を募り浄財を出させ、京都所司代村井貞勝をして、保護をさせたのが南蛮寺であったが、この建立を計画し、陰に陽に助けた者こそ御嶽冠者と鳰鳥なのであった。

また、信長の家臣であった、吉利支丹大名高山右近が、木村摂津守の謀反事件に坐し、節を曲げず信仰を捨てず、かえって大名の身分を捨て、一族郎党を引き連れて、大船に乗じ日本を去り、南洋に渡って行った時、これを助けて行を盛んにしたのも、御嶽冠者と鳰鳥であった。

いやいや決してそればかりではなく、後年豊臣秀吉が、南蛮寺を破却し信徒を迫害し、吉利支丹第一期の受難が来た時、それら信徒を大船に乗せ、それも十数隻の大船に乗せ、高山右近の流れを汲み、南洋に向かって大移民を企て、今日のジャワやスマトラに、日本町を建設した人物があったが、この指図者こそ御嶽冠者であり鳰鳥であったということである。