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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
遺言などをいったところで、中間で消されてしまうであろう、書いて文庫などへ入れて置いても、中間で破られてしまうであろう。
(遺言を書いて松平越中――定信の手へでも渡して置いたら、まず安全と思われる)
是非そうしたく思うのであったが、そう思うようになった昨今、越中守と自分との間を、田沼が極度に警戒し、絶えず傍らに人を附け、自由の行動や秘密の話を、させないように計っていた。
(でもどうしても越中へ……)
今も家治は思っているのであった。
「お浦」
と家治はオロオロ声でいった。
「頼む、これを渡してくれ……」
いいいい懐中へ手を入れて、紐のついた金襴の小袋を出した。
「これをお前から越中へ――定信の手へ渡してくれ」
涙がポタポタと膝へ落ちた。愚に返っている彼であり、酔えば泣く彼であるからでもあったが、身将軍でありながら、こんな女の手を通して、柳営に関する一大事、後継に関する遺言状を、思う家臣の手へ渡さなければならない。――ほとんど一人の味方もない寂寥、高位高官であるがために、かえって凄くすさまじい孤独! それが感じられて泣けたらしかった。
「これをお前から越中へ――定信の手へ渡してくれ。