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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
範之丞の姿がどこにも見えない。
湖へ落ちて沈んだのである。
刀をヒョイと肩へ担ぎ、九十郎はツカツカと崖ぶちまで行ったが、及び腰をして覗き込んだ。
眼の下に波紋が描かれている。
泡の浮かぶのが仄かに見える。
「水葬礼! 世話はなかった。……彼奴水練も知らぬそうな」
しかし向こうの水面へ、範之丞の姿がポッカリ浮かんだ。
「こいついけない、浮かび出おった。……飛び込んで行って刺し殺してやろうか?」
夢中で水を掻き沖の方へ出て行く、範之丞の姿へ眼をつけながら、そう九十郎は呟いた。
が、その瞬間沈んでしまった。
「やっぱり水練知らねえのだ。……沈んだ沈んだもう出て来まい」
しかし二、三度範之丞の姿が、それからも水面へあらわれたが、水を飲んでの苦しまぎれ、断末魔の空もがきらしく、時々水を掻くばかりであった。
やがてそれさえしなくなった。
全く姿が消えてしまった。
「よし」
と呟くと九十郎は、芒原の方へ眼をやった。
ポツポツと燈火のともっている、城下町の方へ人の塊りが、何かを宙へ捧げながら、走って行くのが絵のように見えた。
「とうとう織江もとらえられたそうな」
九十郎は呟いた。