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くいどうらく
食道楽
村井 弦斎
冬の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 170,664 字 · 341 页
妙音清調会衆は皆な天国に遊びし心地せしが主人公もまた多年の嗜みとて観世流の謡曲羽衣を謡い出しぬ。客の中には覚えず声に和して手拍子を取るもあり。子爵は元来声自慢、一揚一抑法に適いて四壁に透徹するばかりなるが漁夫と天人の問答に至りて一段と力を籠め「この衣を返しなば舞曲をなさでそのままに天にや上り給うべき」「イヤ疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と謡い半ばにハタと声を停め「諸君、我輩が平生羽衣の曲を愛するのはこの一句にあります。イヤ疑いは人間にあり、天に偽りなきものをと。この句ほど高遠雄大にして光風霽月の如きものが滅多にありましょうか。日本の文学はさておき世界中の美文を蒐めてもこの上に出ずる句はありますまい。これこそ実に世界的の美文で天下万世に誇るべきものです。人の心は誰もかくこそありたけれ。大原君が海外へ赴いて外国人に接する時は常にこの句を以て日本人の精神となし給え。イヤ疑いは人にあり我れに偽りなきものをと、その心を以て世に立たば何人も間違いはありません。食道楽会の精神も其処にあります。衛生法に適たる食物を以て身体を養えば心も自ら高遠雄大になりましょう。