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くいどうらく

食道楽

村井 弦斎

冬の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 170,664 字 · 341 页

青空文庫

第二百九十七 松茸山

売物屋泣かぬばかりに「こういう御客様ばかりあっては商売人は上ったりだ」と代金を受取り悄々と帰り去る。

第二百九十七 松茸山

松茸売の去りし跡にて小山の妻君今買し松茸を打眺め「お登和さん、ホントに今選り出て下すった松茸は良い品物ばかりですね。何故良い品ばかり揃えて直段を高くして売ないでしょう。わざわざ良い品と悪い品と一緒にしてあるから択出のに骨が折ます。松茸ばかりではありません。今の世中は何を買のでも油断をすると悪い品物ばかり押し付けられます。何一つ安心して買う事が出来ません。ホントに困ったものです」と到る処この弊あり。お登和嬢も歎息し「商売人に信用を重んずる心の出ない内は仕方がございませんね、しかし商売人ばかりも責められません。客の方で品物を鑑別る力がないと良い品物を持って行っても売れない事があります。奥州の或る地方へ色の白い塩を持って行くとこの塩は白いから利きが悪いといって嫌うそうです。仕方がないからわざわざ白い塩を一旦泥の上へあけて俵を結び直して深川からその地方へ送るという話しもありますが世人の智識が進歩しないとそんなものです。何事も無智識無経験という事が一番困るので西京の松茸山へ素人が採りに入ると竹篦で地を掘ってこれから出ようという極く小さな松茸まで採ってしまったり、極く若い松茸を踏み潰してしまったり