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くいどうらく
食道楽
村井 弦斎
冬の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 170,664 字 · 341 页
ところで世中へ出てみるとまるで娘の時分に思った事と反対で海でも無風無波という日は滅多にありません。稀にあれば暴風雨の起る前兆位なものです。その代り風を凌ぎ波を凌いでその海を渡って行くのが航海者の楽しみである通りに私どもが風波の荒い世中を凌いで行くのもまた一つの楽しみです。しかしそれは娘時代に決して想像の出来ない事で、娘時代に想像したものよりはモット楽みの深い幸福の多いものですけれども、最初に無風無波の理想を持っていたものが社会の海へ乗出して始めて風波に遭う時は誰でも一度驚きます。その時の心掛次第で女の幸不幸が岐れるのでしょうが娘の時代に何の覚悟もなかった人は多く自ら不幸の地に陥ります。私自身の事を考えてみても色々な事がございますよ。私の実家は少し地位もあり資産もあった方ですから私は浮世の風波を知らずに育って学校へ入ってからもその時分の教育法で無闇に突飛な高尚な事ばかり習ったものです。高尚というのは悪い事でありますまいけれども中川さんの風流亡国論の通りに何でも風流がかった事を高尚と心得てその実は迂遠な学科ばかり稽古したものです。それが縁あって小山文学士の処へ参るようになりましたからそれこそ娘心の理想では良人とともに毎日風流を楽んであるいは歌を詠み詩を作りあるいはともに天下の名所旧跡を歴遊してあくまで風雅な