후리가나로 읽는 일본 고전
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しんらん
親鸞
吉川 英治
吉川 英治의 親鸞(しんらん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 566,138자 · 1127화면
で、講談社刊行の一巻の序文にはこんな意味のことをしるした。
三十歳台に書いた親鸞は、めくら蛇に怖じずだったが、四十台になると生なか人生や人間を観るにも、うす目のあいてきたせいか、深嶽に足をふみ入れたようなもので、かえって迷いにとらわれがちだった。正直にいえば親鸞をかくにはまだ自分が力不足だし何よりも人間がそこに至っていない。五十台になったらもう一ぺん書きあらためたい。
いまこの書が講談社から再刊となるにあたって、私は初版の序文に約した自己の良心にたいして、どうしても黙しているわけにゆかない。私の年齢はすでにさきの公約の時期に来ているからである。
ところが私はまだ三度めの親鸞をかいていない。いつかはと意欲は決して失っていないが、機に会わずにいるのである。また自分の成長も依然たる未熟にとどまっていることを知ってるからでもある。――が、出版社側のすすめとしては、それは将来の課題としておいて、現在の読書子にこの書を再刊する意義は充分にある。――おたがいがすでに痲痺を怖れあうほどにまで眼に見、肉体に知り、耳にききあいている敗戦後のひどい世相の転変と荒んだ虚無感にたいし、またその中にもなお何か求めてやまぬ人たちへたいしても――と熱意をかえない希望なのである。