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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

02 こけ猿の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 241,861 字 · 480 页

青空文庫

室内の玄心斎、障子を背におさえたまま、サッと顔いろをかえた。

「ナニ、こけ猿が? して、お供の人数の中に、何人か見あたらぬ者はないかっ?」

「かの、つづみの与吉と申すものが、おりませぬ」

「チェッ! してやられたか。遠くは行くまい。品川じゅうに手分けしてさがせっ!」

と玄心斎の下知に、バラバラっと散って行く伊賀の若ざむらいども。

「殿、お聞きのとおり、あのつづみの与吉めが、耳こけ猿を持ち出しましてござります。察するところ、彼奴、妻恋坂の峰丹波の命を受け、三島まで出張りおって、うまうまお行列に加わり……ウヌッ!」

「そうであろう」

源三郎は、淡々として水のごとき顔いろ、

「そこへ、今夜この女が、与吉と連絡をとりに、入りこんだものであろう。こけ猿は、なんとしても取り返せ」

「御意!」

玄心斎も、柄をおさえて、走り去った。

こけ猿というのは……。

相阿弥、芸阿弥の編した蔵帳、一名、名物帳の筆頭にのっている天下の名器で、朝鮮渡来の茶壺である。

上薬の焼きの模様、味などで、紐のように薬の流れているのは、小川。ボウッと浮かんでいれば、かすみ、あけぼの、などと、それぞれ茶人のこのみで名があるのだが、この問題の茶壺は、耳がひとつ欠けているところから、こけ猿の名ある柳生家伝来の大名物。