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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

02 こけ猿の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 241,861 字 · 480 页

青空文庫

二

「はてな……」

と、彼は身をおこした。

「若殿の御帰館かしら。それにしても、この深夜に――」

轟ッと立ち木をゆすぶり、棟をならして、まっ暗な風が戸外をわたる。さながら、何かしら大きな手で、天地をかきみだすかのよう……。

ひとしきり、その小夜あらしが走って、ピタとやんだのちは、まるで海底のような静かさだ。

なんのもの音も聞こえない。

枕から頭をあげていた五十嵐鉄十郎は、

「空耳?――だったに相違ない。今ごろこの奥庭で、馬のなき声のするはずはないのだから」

とそう、われとわが胸に言いきかせて、ふたたびまくらに返ろうとした瞬間、こんどこそは紛れもない馬のいななきが、一声ハッキリと……。

「殿ッ! お帰りでござりまするか」

思わず大声が、鉄十郎の口をにげた。

と、となりに寝ていた一人が、眼をさまして、

「なんだ、どうしたのだ」

「しっ!」

「ホ、この庭先に、何やら生き物の気配がするではないか。うむ! 馬だな」

それに答えるかのように、戸外では、土をける蹄の音が、断続して聞こえる。

今は躊躇すべきではない。五十嵐鉄十郎ともう一人の侍は、力をあわせていそぎ雨戸をくってみると、――もう、空のどこかに暁の色が流れそめて、物の影が、自くおぼろに眼にうつる。