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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

02 こけ猿の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 241,861 字 · 480 页

青空文庫

夜の引明けです。

本郷は妻恋坂のあたりは、老若男女の町内の者が群集して、押すな押すなの光景。

きょう、司馬先生の遺骸が出棺になるので、平常恩顧にあずかった町家のもの一同、こうして門前からはるか坂下まで、ギッシリつめかけて、お見送りしようというのだが――中には、欲をかいて、千住だの板橋だのと、遠くから来ているものもある。

欲というのは……。

群衆のなかで、話し声がする。

「どうもえらい騒動でげすな。拙者は、まだ暗いうちに家を出まして、四谷からあるいて来ましたので」

「いや、わたしは神田ですが、昨夜から、これ、このとおり、筵を持ってきて、御門前に泊まりこみました」

「おや! あなたも夜明し組で。私は、夜中から小僧をよこして、場所を取らせて置いて、いま来たところで」

「それはよい思いつき、こんどからわっしも、そうしやしょう」

「それはそうと、たいした人気ですな。もう始まりそうなものだが……」

これじゃアまるで、都市対抗の野球戦みたいだ。

それというのが。

この司馬道場では。

吉事につけ、凶事につけ、何かことがありますと、銭を紙にひねって、門前に集まった人たちに、バラ撒く習慣になっていて、当時これを妻恋坂の不知火銭といって、まあ、ちょっと大きく言えば、江戸名物のひとつになっていたんです。