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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

と少年は躊躇もせず、畳の上へ点を打った。

「よし、その覇気で一生を貫け」

貴人、祖父、八代将軍吉宗、そう吉宗は喜ばしそうにいった。

少年は若き日の家治であった。

(俺にもああいう時代があった)

ウツラウツラとした心の中で、そう家治は呟いた。

(それだのにどうだ、その後の俺は?)

将軍職について二十四年、その間における生活といえば、何物か強い力によって、絶えず上から圧せられながら、酒と女と遊楽と阿諛と、「ああよろしい」「ああそうせい」といわれるままに従って、自分の意思など通そうとはせず、また通すことの出来なかった生活――そういう生活の連続であった。

こうして今の有様となった。

(後継だけは! 後継だけは!)

もう自分は余命とても少く、たとえ永く生きられたところで、身心を昔に取り返すことも、意思的生活をすることも、出来そうもなく思われた。

で、せめて後継だけは、最初であり最後でもある、たった一つの意思の貫徹! それとして自分で定めたい!

(養子ではあるが可愛い家斉を、どうあろうと将軍職にしたい!)

それとても現在の有様では、覚束なく危険に思われるのであった。