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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

十五

「…………」

「四面楚歌裏におられます」

「…………」

「次に」

とまた貝十郎は、意味深き眼で冬次郎を見詰めた。

「殿が当地へ参られました趣き、本日知りましてござりますゆえ、貝十郎ただちに参上仕り……」

「うむ、わしは、昨日着いたばかりだ」

「で、参上いたしました」

十五

(どうも解らぬ)

と冬次郎は思った。

――何かを疑がっているらしい? 何かを不安に思っているらしい? ……だがそれは何んだろう? ――

「貝十郎」

と冬次郎はいった。

「率直にいえ! いったい何んだ?」

「は」

と貝十郎はいったものの、率直にはいえないような様子であった。

ここで二人は黙ってしまった。

熊太郎も勘助も、何んとなく異様な貝十郎の様子に、横から言葉もはさみかね、これも黙って控えていた。

宵ではあったが奥まった部屋は、表の人出入りにかかわりなく、寂しいまでに静かであった。

前庭の池に落ちる築山の水が、筧から落ちる水のような、閑寂の音を立てているばかりであった。

燭台の灯も筆のような火花を、素直に立てて燃えていた。

狩野筆らしい漁樵問答の図を、二双に描いた銀屏風が、その灯に映じて華やかには見えたが、それさえ派手には感じられなかった。