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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

「数日と申してたぶらかし、今夜あの駕籠で田沼殿を……」

「さようなこともあろうかと、今夜わしは出かけて来たのだが……貝十郎のことじゃ、何をやるか知れぬ」

「ではあの駕籠を誰何しまして……」

「余人であったら面目ない」

「わたくしにお任せくだされますよう」

その間に駕籠は近づいて来た。

黒塗りの金鋲打ち、引き戸に総を下げた駕籠であった。

擦れ違おうとした時熊太郎は、わざとよろめいて駕籠へあたった。

「失礼、ご免」

と周章てて怒り、寄って来ようとした供の者へ、そう素早く声をかけ、手では引き戸を開けようとした。

その熊太郎の耳へ聞こえて来たのは、

「これをお前から越中へ――定信の手へ渡してくれ。……妾から渡すのでござりますのね」という、若い女の情熱的の、しかしあどけない憧憬れるような、涙を誘うような声であった。

何んだやっぱり女だったのか。

熊太郎は駕籠から離れた。

その間に駕籠は行き過ぎた。

「殿、女でございました」

「…………」

「若い女のあどけない声で『これをお前から越中へ――定信の手へ渡してくれ。……妾から渡すのでござりますのね』とこのように申したのが聞こえました」