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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

が、すぐにベッタリと坐り、「まだ敵を討たぬ先に……主君へも親戚にもこの身の起居……秘密にしてある現在において……恋する女に逢うなんど……不謹慎! ……織江、不謹慎!」

そう、まことにその通りなのであった。

車塚の乱闘を最後にして、敵九十郎を見失い、兄妹ばかりで屋敷へ帰った。帰ってみれば二人ながら、身体の衰弱おびただしく、すぐに再度の敵討ちの旅へ、出て行くことなど出来そうもなかった。で、家人や親戚のものと、ひそかに談合した結果、いまだに旅にある境遇に拵らえ、主君へも秘密、家中にも知らせず、親戚も知って知らぬ態とし、養生を加え外出も憚り、今日におよんでいるのであった。

「いえいえ何んの」と織江はいった。「それとてもみんな表面、われわれ兄妹帰りましたこと、皆様ご存知にござります。生涯かかろうも知れぬ敵討ち、気長くせねば不成功と、ご同情くだされおりまする。……お吉様にお逢いなされたとて、知れましたとて何んの非難。……それにお吉様何んと申しても、以前は九十郎と縁あったお方、ひょっとかすると現在の、九十郎の在所ご存知やもしれず」

「そうだ!」と範之丞は立ち上がった。