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くいどうらく

食道楽

村井 弦斎

冬の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 170,664 字 · 341 页

青空文庫

誰でも食物に対する時は外の方へ心を向けずに食物の味を賞翫しなければならん。それが消化吸収の力を養うべき第一の根本だね。もっともその事は食物に向った時ばかりでない。人は平生愉快の心を持っているほど胃腸の働きが盛になる。それに反して一年中心配ばかりしているとそれがために胃腸の働きが弱くなる。或る医者が我国のお嫁さんの病気は大概胃腸病に原因する、それはお嫁さんの境遇が余計な心配を忍ぶからだろうといったが一理ある言葉だと思う。我国の人は平生心を不愉快に持つ癖がある。それも一つは文学の弊で我国の文学は病的文学と称すべきものだ。何でも世中を悲観的に観察して愚痴や不平ばかり並べている。殊に風流に関するほど一層の悲観的になる。月を観て悲しむ、秋に逢って悲しむ、虫の声を聴いて悲しむ、何を見てもただ無闇に悲しむのが風流の癖だ。あれでは胃と腸がさぞ悪くなるだろう。今の文学者の言論文章を読んでも多くは不平怨嗟の声だ。ヒステリー患者のよまい言に似ていて不平や怨嗟の声を発するのが文学者の本領と心得ている。御当人は仕方がないとしても社会の人がそれを読んでその不平や悲みに伝染するから困る。