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たんげさぜん
丹下左膳
林 不忘
02 こけ猿の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 241,861 字 · 480 页
裏木戸を押しやぶって、はいってきたものに相違ない。雨戸の外、庇の下に、ヌウッと立っていたのは一頭の馬だ。
それが、戸のあくまももどかしそうに、長い鼻面を縁へさしいれた。おどろいた鉄十郎と相手は、顔をみあわせて、しばし無言だった。
馬は、口をきけないのがじれったいと言わんばかりに、頸をふり、たてがみをゆすぶって、何やら告げたげなようすである。
じっと見ていた五十嵐鉄十郎がうめいた。
「おう、これは、殿の御乗馬では……!」
「うむ! たしかにそうだ。源三郎様は、此馬にめされて、遠乗りに出られたはず」
「今この馬が、こうして空鞍でもどったところを見ると――」
「若殿のお身に、何か異変が……」
「これ! 不吉なことをいうでない」
とどろく胸をおさえて、二人は、互いに眼の奥をみつめあった。すると、馬はここで、ひとつのふしぎなことをしたのだった。
馬は動物のなかで一番利口だといわれている。この馬は、源三郎の愛馬で、故郷伊賀からの途中も、駕籠でなければこの馬にまたがり、しじゅう親しんできたものだった。
あの、司馬十方斎先生の葬儀の日に、不知火銭の中のただ一つの萩乃さまのお墨つきをつかんで、源三郎が首尾よく邸内へ押しこんだ時も、かれのさわやかな勇姿を支えていたのは、このたくましい栗毛の馬背であった。